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第2回受賞者

 

矢野克己
当会の設立及び発展につくした多大な貢献

将に将たる器・矢野克己君

当協会の前身、構造家懇談会は、1980年(昭和55年)秋に設立が企画され、翌1981年5月末に発足した。

半年足らずの準備期間中、発起人会に参集する人数は回を追って増えて行ったが、その顔触れは何れも日本の構造界にその人ありと知られた人物ばかりで、水滸伝に伝わる梁山泊の再現を思わせるものであった。その中にあって温厚黙然、あまり目立たないようで居ながら、実は鮮烈な印象を印象を周囲に与える人物が一人居た。喧々愕々の議論の後、おもむろに口を開けば、一語一語慎重に言葉を選びつつ発言されるその内容は、同席の俊才たち全てに尤もだとうなづかせるものであった。その人物の名は矢野克己。将に将たる器は、初会の会合で早くも全員の認める所となって、第2回の冒頭には早くも代表に推挙されたのである。

81年5月末、構造界の大先輩や長老諸先生方を始め、官、学、民の諸団体、諸協会をこぞっての祝福の中で誕生した構造家懇談会は設立会員100人が翌年には早くも400人近くに達する勢いで、中部、関西、九州、北海道、中国、四国、東北と全国7支部も次々に発足した。この間、内にあっては戦略構想を練り、外に向かっては官、学、民それぞれに緊密な連繋を保ちつつ、大局を見誤らず、細事もゆるがせにせず、日建設計東京代表としても激務と構造家懇談会代表としての激務とその他多くの公職の全てを見事捌き切った手腕の冴えは惚れ惚れとするという以外に表現のしようがない。 2年後との役員交代も、構造家懇談会が軌道に乗り、やがては社団法人としての認可を得るまでは、余人を以て替え難しとの故を以て、5期10年にも及ぶ長年月、絶大の牽引力を発揮して頂いたことは感謝に堪えないところである。

国内での構造家の結束が固まったのみならず、会発足の直後にアメリカの構造実務家からの呼び掛けに応じて日米耐震設計協議会が発足し、それは近い将来グローバルネットワークにまで発展しそうである。

このように懇談会改め当協会の発足以来の足跡を振り返ってみるとき、何れの時点においても於ても、大器量を以て采配を振るい協会の今日をあらしめた功労者として矢野克己君を推薦する。


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