ホーム 建築構造を理解するために 特集阪神・淡路大震災 1年を経て

大震災の教訓を生かせ!

~JSCAのこれまでの取り組みと今後~

 
阪神・淡路大震災 1年を経て
構造技術者からの提言

提  言

-阪神・淡路大震災を経て-

社団法人 日本建築構造技術者協会

本資料は、当時の背景で提出されたままのもので、
それを新たに現在見直したものではありません。
JSCA機関紙「structure №57 1996.1」より

はじめに

1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震は、内陸部の地震としては大規模であり、大都市の直下で起こったために甚大な被害をもたらした。 6000人を越える尊い人命が失われ、負傷者、被災者は数十万人におよび、多くのビルやマンション、 木造住宅などの建物が崩壊あるいは破損し、高架の道路や鉄道が落下あるいは破壊された。 水道・電気・ガスなどのインフラも寸断され、都市の機能が長期に亘って麻痺状態に陥った。災害の規模は、戦後最大となった。
建物が日常はもとより地震に対しても安全で、人びとが安心して住み、利用できるようにするために、 建物の構造体の設計は専門の構造技術者によって行われている。 社団法人日本建築構造技術者協会(以下、当協会)は、これら建物の構造設計に従事する技術者の団体であり、 わが国の建物の耐震安全性の向上を目指して日頃から会員の研鑽・啓蒙に努めてきた。 当協会では、今回の災害の大きさを真摯にかつ深刻に受けとめて、すみやかに災害対策委員会を設置し、 現地での建物被災度判定や学術調査に協力するとともに、復旧相談にも応じる体制を組んできた。
その一方で、これからの建物や都市の耐震安全性をどのように考え、どのように実現すべきかについて論議を重ねてきた。 その中で、大地震時に許容できる被害の程度(建物の耐震安全性レベル)と、 個々の建物の耐震安全性を社会が評価できる仕組みについては、社会的コンセンサスを得ることが重要と考えられた。 そのため、4回の公開パネルディスカッションを開催して、建築家をはじめ広い分野の識者から意見を求めてきた。 また、常設の技術委員会では、すべての部会の研究テーマを耐震問題に絞り、技術的な提言に向けての検討を進めてきた。
これらの議論を通じて、概ね次のような共通認識を持つに至った。
1. 今回の神戸における地震以上に強い地震動、あるいは性質の違う大地震が、近い将来大都市を襲う可能性は充分にある。
2. 1981年施行のいわゆる新耐震設計法は、その設計理念および最低基準として想定している地震動レベルについて、ほぼ妥当であったと評価できる。 しかし、被災時、被災直後あるいは復興時に都市として必要な機能を維持するためには、建物の種類によって異なった耐震安全性の考え方が必要である。
3. 建物の耐震安全性を確保するためには、構造技術者が建て主と直接対話し、責任を持って構造設計・監理が行なえる体制が必須である。
4. 建物の所有者だけでなく、利用するすべての人びとが、その建物の耐震安全レベルについて知る権利を持っている。
5. 1981年以前の旧基準によって設計された建物は必ずしも問題があるとは言えないが、その耐震安全性についての確認をし、 必要であれば早急に耐震安全性を高めるよう努力すべきである。
6. 地震予知だけでなく、耐震安全性を高めるためにも、公的機関による地震観測体制の整備が必要である。

当協会は構造設計実務者の立場から、より耐震安全性の高い建築資産の社会的蓄積、 より安全な都市の建設を目指して、これらの共通認識を基に以下のように提言する。 また、この中で当協会で検討できるものは、アクションプログラムとしてまとめ、問題解決に向けて努力する。

想定する地震

兵庫県南部地震では、神戸市とその周辺のいくつもの市にまたがって、震度Ⅶの地域が発表された。 震度Ⅶ(激震)とは、「家屋の倒30%以上に及び、山くずれ、地割れ、断層などを生じる。(理科年表より)」とされており、 1948年の福井地震の後に追加制定されて以来、今回初めて適用された。また、神戸海洋気象台では、818gal(水平)という非常に大きい加速度が観測された。 ところが、海洋気象台の建物は、それほどひどい被害を受けたわけではなかった。
震度Ⅶとは、どのような性質で数値的にどれだけの強さの地震動なのかはまだ確定されていない。 さらに、建物を揺さぶり、破壊に至らせる入力地震動(建物基礎の揺れ)は、周りの地表面の揺れとはかなり異なったものであることが知られている。 建物の建つ立地、地形、建物形状や規模、地下室の有無などが大きく影響するのであるが、どの程度、どのように影響するのかは明らかになっていない。
現在の耐震設計法(新耐震設計法)では、「建物の耐用年限中に一度遭遇するかもしれない大地震(入力地震動)として 300~400galを想定する(日本建築センター:建築物の構造規定)」として、人命を損なうような崩壊をしないことを要請している。 この規定に対し、今回の神戸での入力地震動が、どうであったのかは、建物の損傷程度と対応づけられる観測記録がほとんど無く、分かっていない。 しかし、新耐震設計法で設計された建物でも、バランスの悪いものや施行不良のために崩壊した例はあるが、 概ね補修・再使用可能な程度の損傷に留まったことから、新耐震設計法で想定している入力地震動のレベルは、妥当であったと考えられる。
しかし、今回の神戸における地震以上に強い地震、あるいは性質の違う大地震が、近い将来大都市を襲う可能性は充分にある。 新耐震設計法の想定を最低の地震動レベルとし、より強い地震動もあり得ることも想定して、建物や都市の安全を考える必要がある。

耐震設計

旧耐震設計法では、規定された設計用地震荷重がどれだけの強さの地震動に対応しているのか不明であり、 それ以上に強い地震動に対して建物がどうなるのかについては何も規定されていなかった。 1981年に施行された新耐震設計法では、設計用地震荷重と入力地震動の強さとの関係がかなり明確に示されると共に、 強い地震に対しては、建物が壊れても、人命には支障が無い程度とすべきことが規定された。これは耐震設計法としては大きな進歩であったと言える。
しかし、人びとの生活が豊かになり、社会機構が複雑かつ高度化した現在では、単に人命第一主義だけでは許されない状況にあると考えられる。 今後は人命だけでなく、建物の財産としての価値を維持させたいという要求も強くなろう。 また、都市の成り立ちを考え、建物の種類によっては大地震に遭ってもその機能を保持することが重視されねばならない。
前項で述べたように、新耐震設計法が想定する入力地震動や損傷のレベルは、一般建物の最低基準として妥当だと考えられる。 しかし、より高い耐震安全性が求められる場合には、要求される性能を吟味し、必要に応じて、大地震時の建物の損傷程度を抑制する、 揺れによる変形を制限する、あるいは免震装置を用いて建物の加速度を小さくする、などの適切な耐震設計がなされねばならない。 想定する入力地震動を大きく設定するのも一つの方法である。
大地震時の建物の機能保持については、地震の激しい揺れの最中にも機能を保持させる場合、揺れが納まった後直ちに機能を回復させる場合、 地震後ある期間内に機能が修復できれば良い場合など、いくつかのレベルが想定される。また保持すべき機能の種類もさまざまである。 それぞれに応じて、要求される耐震性能の中身(クライテリア)や耐震設計の考え方は異なってくるべきである。
建物の耐震安全性は、単に構造体だけの問題ではない。これまでは、建物が崩壊さえしなければよいという考えで、 内装や家具・什器、設備機器などの耐震安全性については、充分な検討がなされていない場合が多かった。 これからは、構造技術者が中心となって、建築家、設備設計者との連携の下に、建物の総合的な耐震安全性や機能保持について検討することが重要である。
建物の耐震安全性をどのようなレベルにするか、機能を保持するためにはどのような性能を持つべきか決定するのは、建て主の権限であり責任である。 また、社会的に重要な機能を持つ建物や、機能の喪失が社会に大きな影響を与える建物については、社会が認めるレベルでなければならない。 構造技術者は建物の設計にあたって、その建物に要求される耐震性能の決定を導くためには、 必要な情報を準備して、建て主と充分な対話をすることが必要である。
建物に要求される耐震性能が明示されたとしても、それに対応する設計法はまだ確立していない。 官界・学界・民間あげて、それの確立を急ぐ必要がある。当協会はそのための協力を惜しまない。

構造設計者

重力、地震、台風、豪雪など建物に働くさまざまな力に対する安全を考え、建物を設計している構造技術者の存在は、 世間にはほとんど知られていない。建築技術の発展のなかで、わが国では1950年頃から一般建築設計と構造設計の分業化が進んできた。 現在ではほとんどの建物の構造は構造技術者によって設計されており、専門職能として確立している。
ところが、建物の設計は建築家に一括して委託されるという古くからの慣習や、建設会社からの設計の依頼を受けているといった現状のもとでは、 多くの構造技術者は建築家や建設会社の下請け的な立場にある。 その結果、良心的な構造技術者でも、役所に提出する構造設計図書を作る役割しか与えられていない、という場合が少なくない。 そのような状況下にある構造技術者は、建て主と直接話す機会はほとんどなく、 また、建築現場で設計図どおりに安全な建物が作られるよう監理する責任も果たせなくなっている。
建物が安全で、安心して住めるようにするためには、然るべき資質と技量を持った構造技術者によって適切な構造設計がされ、 建築現場では専門の構造技術者による適切な監理がなされなければならない。構造技術者の位置づけを明らかにし、 プロフェッションとして建て主および社会に対しての責任を果たすためには、法制度を含めて、建築に関わる社会の仕組みを見直すことが必要である。 同時に、構造技術者はその責任を果たすために、今まで以上にきちんとした設計をし、 建て主にも充分に説明をし、現場での監理をしっかり行うよう努めなければならない。
当協会では、構造技術者の職能倫理を確立し、技量を高めるために、「建築構造士」制度を制定している。 建築構造士が社会で重んじられ、より安全な建物と都市の創造に貢献することを望んでいる。

情報公開

建物の耐震安全性については、所有者だけでなく、利用するすべての人びとが知る権利を持っている。 不特定多数の人びとが利用する建物や、社会の安全に影響の大きい建物については、その耐震安全性のレベルについて公開すべきである。 そのためには、分かりやすい安全性表示の方法や公開の仕組みを考案し、社会的コンセンサスを得ながら育てていくことが必要である。
阪神・淡路大震災では、被災した建物の構造の実体や被害の詳細が、研究機関にもあまり公開されていない。 耐震技術の進歩のために、また、より安全な都市の構築のためにも、もっと情報が公開されることを切に願う。

既存建物の耐震安全性

関東大震災直後に制定されたわが国の耐震設計基準は、その後も大きな震災に遭う度に新しい知見を得て、 改訂強化されてきた。この新しい規定は既存の建物に遡及されることはなく、その結果、いわゆる既存不適格の建物を生んできた。 しかし建物の所有者は、それが不適格であり、危険な場合があることを認識していない。 大規模な改修や増築をする段になって、初めて知らされるのが普通である。
構造技術者は、自分の設計した建物が不適格になった時点で、そのことを所有者に知らせ、対応の仕方について助言すべきである。 また、新しい耐震安全性の考え方を社会に対して啓蒙し、既存建物の耐震安全性を高める技術の開発に努めることが必要である。
既存建物の耐震安全性を維持するために、通常の維持監理とともに、定期的な診断と必要な補強を実施することを推奨したい。 また、都市としての安全性を確保するための公的な施策も必要だと考えている。
当協会では、既存建物の耐震診断の普及に全面的な支援をするとともに、補強技術の開発には、他機関と協力して取り組んでいく所存である。 また、今回の地震では、木造住宅の被災によって多くの犠牲者が出ている。既存木造住宅の耐震補強についても技術的支援を進める。

地震観測体制の整備

冒頭で述べたように、被災の程度で決められる震度階と、加速度や速度で表される地震動の強さや揺れ方との関係は、 まだ確定していない。また、建物の入力地震動と周りの地表面地震動との関係も明確になっていない。
地震予知や学術調査のための地震観測は、国の予算で多くの観測点が設置されているが、 上記のような建物の設計に必要な情報を得るための観測は、ほとんどが民間の資金に頼っているのが実状である。 不幸にして、神戸地区ではそれも非常に少なく、今回の地震では有効なデータがほとんどえられなかった。
関東には多くの地震計がビルなどに設置されてはいるが、公的な援助がないために、維持監理が充分にはなされていない。 また、観測されたデータは充分には公開されておらず、限られた機関での研究だけに使われている。
より良い合理的な構造設計法を発展させるためには、公的な予算と機関による観測体制の整備とデータの収集が必要不可欠である。 また、観測されたデータはすばやく公開され、設計や研究に広く活用されることを望む。

おわりに

耐震設計法がどれほど高度になり、耐震技術がどれほど発達しても、自然の力を完全にねじ伏せることはできない。 まして、極めて稀に起こる地震に対してどれだけ投資するかは、経済的効率からおのずと限界がある。 そのうえ、建物は生活の容器であり、力強さは必ずしも歓迎されない側面がある。 大地震が過密都市を襲えば、必ず大きな犠牲と破壊があるものと考えなければならない。
その時、都市としての必要な最低限の機能をどのように維持するかは大きな課題であるが、 それにも増して被災住民の生活をどう確保するかは真剣に考えるべき問題である。 地震保険に限界があるなら、もっと広範な国民的相互支援、相互補償の仕組みを考えるべきであろう。 今後、社会で広く論議されるべき課題である。
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