ホーム 建築構造を理解するために コラム地球環境問題と構造技術者

地球環境問題と構造技術者

 

JSCAの地球環境問題委員会が発足してから、ほぼ2年を経過した。ここではその一員として、 その間に学んだ「環境」にまつわる事柄について、少し述べてみたい。


環境問題がクローズアップされるのは、20世紀後半になってからであるから、 この問題に対する人類の取り組みの歴史は比較的浅いと言える。しかし、問題そのものは、はるか以前より存在していた。 約1万年前には、既に地中海地域でレバノン杉の消滅を始めとする森林破壊が始まっていた。 また、7~12世紀にはゲルマンの森の開墾による森林破壊があったとされるが、これらはいずれも、 住宅用の煉瓦を焼く燃料として、大量の木が伐採されたことに起因する。 このように、環境問題には、初期の頃から建設業が深く関わっていたことになる。

あるいは、中世におけるペストの流行も、森林の伐採による環境破壊が原因と言われる。 煉瓦を焼くために木が伐採され、森林が消滅する。そうすると、それまで森林に生息していた、 ねずみ等小動物を食料とする猛獣類が住みかを失い絶滅し、小動物の往来が自由となった。 それに伴いペスト菌等が都市部に流入するようになった。一方、ペストが収まったのも、煉瓦の問題に関係する。 ペストの流行により、人口が減少し新たに家を建てる必要がなくなった。その結果煉瓦を焼く量が少なくなったので、 木が伐採されなくなり、緑が育ち森林が復活した。小動物を食べる猛獣類も森にもどってきたので、 自然にペストの原因となるねずみが減少し、ペストの問題は収束したというわけである。 やや、「風が吹いたら桶やが儲かる」式のまだるっこさはあるが、逆に言えばこのような多面的な物の見方が重要なのも、 環境問題の特徴である。


人類は、20世紀末の高度経済成長期を通して、 「より高く、より速く、より強く」といった我々に効率と快適をもたらす一面的な性能の追求により繁栄を築いて来た。 一方で言えば、廃棄物・CO2の発生、資源の枯渇といった、その結果生じる重大な問題の発生には目をつぶって来た。 このように、多面的なものの見方(ここではパラレル思考と呼ぶことにする)の欠如が、環境問題発生の原点であったことは、 今も昔も変わりないようである。

地球環境問題の発生の原因が「パラレル思考の欠如」によるものとすれば、その問題の解決のためには、 「パラレル思考」が不可欠であることは言うまでもないことであろう。 例えば、「建設時」の問題にのみ目を向けるのではなくて、「維持保全」「診断」「修繕・改修」「用途変更」「解体」と言った、 建物のライフサイクル全般で起こりうる全ての事象に目を向けることが重要である。 あるいは材料強度の高度化のみに捕らわれるのではなくて、耐火性、耐久性、人体への影響等、 多様な評価軸で性能を見ることが必要である。問題解決のために、新築のための技術革新のみに関心を向けるのではなくて、 既存建物の劣化抑止策といった地道な問題にも目を向けることが重要である。


しかし、現在我々は、「地球環境問題」の解決のために、様々な方策を試行しているが、 その方策は「パラレル思考」になっていると言えるだろうか。 例えば「地球環境問題」の解決のために「CO2削減の数値目標」を掲げることが多い。 それ自体は、スローガンとして掲げることにより、人々の関心をこの問題に向けさせるという点で意味がある。 しかし、このような一面的な評価軸の設定が、 思わぬところで破綻をきたすというような事態はすでに我々は多く経験してきたはずであり、 このような試みだけでは本質的な問題の解決にはならないことにも、留意が必要である。


例えば最近よく聞かれることであるが、「東京には新耐震基準制定以前の建物が30%も残っており、 都市災害の観点から極めて問題である。早急に更新されるべきである。」といった議論が、様々な所でなされている。 しかし、現に我々が建設中である今日の建築もまた、30年後には既存不適格として批判にさらされる可能性があることを、 考えなくてよいのだろうか。そしてそのような発想で、建築物をその都度更新していたのでは、 建物の長寿命化などは望むべくも無い。


このように現在を是(工学発展の到達点)と捉え、 既存不適格 となった過去(発展途上の未熟な道程)を否定し、 それを更新することが問題の唯一の解決策であるという見方こそは「パラレル思考の欠如」の最たるものであろう。 永い歴史の中で考えれば、我々もまた知らない内に様々な問題を引き起こしており(発展途上の未熟な存在であり)、 何十年後かの我々の子孫に禍根を残すことになるという危惧を、常に我々は持っていなくてはならない。 古くなった建物を大事に使っていくためには、その建物を生かす中で過去の問題を解決して行くことが重要であり、 耐震性の欠如といった一つの評価軸で建物全体を否定してしまうことは、 決して「地球環境問題」の解決につながらないことを知るべきである。


このように見てくると、残念ながら、我々は未だ「パラレル思考」とはなっていない。 あえて言えば、「経済性指向」から「環境性指向」に、評価軸をシフトしたに過ぎない。 もっと意地の悪い見方をすれば、価値観のシフトは見かけに過ぎず、「環境」というトレンドを利用して、 新たな経済的成功を引き出そうとする「シングル思考」が相変わらずまかり通っているというのが、 現在の建設業界の実態と言えるのではないだろうか。


我々のような建築構造を専門とする人間が、「地球環境問題」の重要性を認識し、 発言するようになったのは比較的最近のことである。 従って、その成果としてみれば蓄積は少なく、 他の専門分野からみれば「成果が見えない、活動が遅い」といった批判は免れないかもしれない。

しかし一方で言えば、遅れてきた人間だからこその強みも、忘れてはならないだろう。 例えば、今日までの他の分野での歴史的経緯を十分に把握した上で、 問題の全貌を客観的に見ることができる。 その時「建築構造」の専門性の範囲に身を置こうとすることは、「パラレル思考」の観点からは、むしろマイナスとなることを、 肝に銘じるべきであろう。「建築構造技術者」という総合的で論理性に富んだ思考が得意の工学者の「パラレル思考」の目で、 地道に「地球環境問題」の解決に取り組むことが、JSCA地球環境問題委員会に望まれる役割であるというのが、 この2年間の結論である。


稲田 達夫(いなだ たつお) JSCA地球環境問題委員会委員長

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